旭川地方裁判所 平成4年(ワ)217号 判決 1995年7月12日
原告
X
右訴訟代理人弁護士
廣瀨隆司
右補助参加人
高縁銀弥
被告
大東京火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
小澤元
被告
千代田火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
佐藤治
被告ら訴訟代理人弁護士
清水一史
同
田中登
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告大東京火災海上保険株式会社は、原告に対し、金一二〇一万円及びこれに対する平成四年七月二八日から年六分の割合による金員を支払え。
二 被告千代田火災海上保険株式会社は、原告に対し、金四八五万円及びこれに対する平成四年七月二八日から年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が、その居住家屋につき発生した火災により家財が焼損したとして、右家財について被告らとの間に締結していた各住宅総合保険契約に基づき、被告らに対し保険金を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
(一) 原告は、後記3記載の火災事故当時、旭川市近文町一五丁目三〇六一番地一六他所在の木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建居宅(床面積一階62.37平方メートル、二階20.25平方メートル、以下「本件建物」という。)に居住していたものである。
(二) 被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京」という。)及び被告千代田火災海上保険株式会社(以下「被告千代田」という。)は、いずれも損害保険を目的とする株式会社である。
2 火災保険契約の締結等及び保険の適用関係
(一) 原告は、被告大東京との間で、平成三年五月二二日、被告大東京を保険者、原告を保険契約者かつ被保険者として、次のとおりの住宅総合保険契約を締結した(以下「第一契約」ともいう。)。
(1) 保険期間 平成三年五月二二日から平成五年五月二二日午後四時まで
(2) 目的物 本件建物内の家財
(3) 保険金額 五〇〇万円
(4) 付随保険金 火災事故等により保険金が支払われる場合には、臨時費用保険金として、一〇〇万円を限度として損害保険金額の三〇パーセント、残存物取片づけ費用保険金として、損害保険金額の一〇パーセントを支払う。
(二) 原告と被告大東京は、平成四年一月九日、右火災保険契約の保険金額を五〇一万円増額し、保険金額の合計を一〇〇一万円とする旨を合意した。
(三) 原告は、被告千代田との間で、平成四年一月一八日、被告千代田を保険者、原告を保険契約者かつ被保険者として、次のとおりの住宅総合保険契約を締結した(以下「第二契約」ともいう。)。
(1) 保険期間 平成四年一月一八日から平成五年一月一八日午後四時まで
(2) 目的物 本件建物内の家財(ただし、毛皮二点を含む。)
(3) 保険金額 五〇〇万円
(4) 付随保険金 右一の(4)と同じ
(四) 第一契約と第二契約は重複保険であり、その適用関係は、先に第二契約の保険が適用になり、第二契約による保険金によっても原告の損害が填補できない場合に、その部分につき第一契約の保険が適用される。また、第一契約においては、特約により価額協定保険とされ、火災によって生じた損害は目的物の再調達原価によって算定される。
(五) 第一契約及び第二契約には、いずれも住宅総合保険普通保険約款が適用され、その第二条には、保険契約者、被保険者またはこれらの者の法定代理人の故意もしくは重大な過失または法令違反によって生じた損害に対しては、保険会社は保険金を支払わない旨の免責特約の記載がある。
3 火災事故の発生
平成四年二月一五日午後一〇時ころ、本件建物から出火し、本件建物内にある原告の家財等が焼損するなどの火災事故が発生した(以下「本件火災」ともいう。)。
4 保険金の請求と支払の拒絶
原告は、本件火災により総額約一九〇四万円の損害を被ったとして、被告大東京に対し、第一契約に基づき、損害保険金一〇〇一万円、臨時費用保険金一〇〇万円及び残存物取片づけ費用保険金一〇〇万円の合計一二〇一万円を、被告千代田に対し、第二契約に基づき、損害保険金三五〇万円、臨時費用保険金一〇〇万円及び残存物取片づけ費用保険金三五万円の合計四八五万円をそれぞれ請求したが、被告らは、いずれも保険金の支払を拒絶した。
二 争点
1 本件火災が原告の放火によって発生したものかどうか。
(被告らの主張)
本件各保険契約締結の経緯、原告の経済状態、本件火災の出火原因その他本件火災の背景事情を総合すると、本件火災は原告の放火によって発生したと推認することができるから、本件火災は保険契約者本人の故意による事故というべきであり、本件各契約に適用される住宅総合保険普通保険約款に基づき、被告らは免責される。
2 本件火災の発生につき原告に重過失があるかどうか。
(被告らの主張)
本件火災の出火原因が、本件建物一階居間の座布団の上に原告が煙草の火を落としたことであるとしても、原告は、一日約一〇〇本もの煙草を吸うヘビースモーカーであり、本件火災の直前にも煙草の火の不始末により布団を焦がした経験があるのであるから、煙草の取扱には厳重な注意を払うべきであり、原告の右行為は重過失といわざるを得ず、本件火災は保険契約者本人の重過失による事故として、本件各契約に適用される住宅総合保険普通保険約款に基づき、被告らは免責される。
3 本件の各保険契約が公序良俗に反し無効であるかどうか。
(被告らの主張)
原告は、僅かな保険料により高額の保険金を不正に取得する目的で、第一契約については保険金の増額をし、第二契約については新たに締結したものであり、このような行為は保険制度を濫用するものであるから、第一契約における保険金増額と第二契約の締結はいずれも公序良俗に反し無効というべきである。なお、第一契約における増額前の部分については、契約当時保険金の不正取得目的がなくても、後に不正な目的で増額された部分と契約上不可分一体となっているから、増額の時点で第一契約全体が公序良俗違反として無効になったというべきである。
第三 争点に対する判断
一 まず、争点1について検討する。
1 本件各火災保険契約締結の経緯等について
(一) 証拠(甲一の一・二、二、乙六、七、一二、一三、一五、一六、三一、証人藤田、同袴田、同弓山、同池田、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 原告は、元妻との同居を解消したことに伴い、平成三年五月ころ、訴外岡智恵子から本件建物を賃借し、長男と二人で居住することとなった。その際、右賃貸借契約の斡旋をした不動産会社の担当者である訴外藤田進が被告大東京の代理店を事実上経営しており、賃貸人の岡の方から賃借人が火災を起こしたときの賠償金を確保する趣旨で賃借人には火災保険に入ってほしいと申し入れを受けたこともあって、原告は、ついでに原告の家財についても保険の目的とすることとして、被告大東京との間で第一契約を締結した。当初、藤田は、保険金額を八〇〇万円ないし一〇〇〇万円とするよう勧誘したが、原告が渋ったため、結局、保険金額を五〇〇万円にすることとした。
(2) そのころ、原告は、訴外有限会社ライン商会に勤務していると称していたものの、同商会は昭和六三年ころ既に事実上倒産しかけており、原告が同商会の常務取締役という肩書を付した名刺と同商会の事務所の電話を使用して勝手に商売をすることを認められていただけで、同商会から給与の支払を受けるなどしたことはなかった上、以前から定職を持たず、元妻にも原告が何の仕事をしているのか分からないという状況であり、同居を解消するまでの間、ほとんど元妻の稼働に頼った生活をしていた。
(3) 原告の本件建物の賃料の支払は、賃貸借契約締結後わずか三か月経過後から遅れがちになり、賃貸人の岡は、原告に対し、しばしば仲介者の藤田を通じて滞納賃料の請求をしており、平成四年一月当時は、二か月分の賃料が未納となっていた。また、そのころ、原告は、平成三年分の国民健康保険料一期ないし六期分を全額滞納して督促を受けており、他にも本件補助参加人等から多額の借金をしていた。
(4) 右のような状況の中で、原告は、藤田に対し、第一契約の保険金額の増額を申し入れ、平成四年一月九日その手続を行ったが、その際、原告は、右増額をすることとした理由について、近く再婚予定で家財も増えるという説明をしていた。また、原告は、同月一六日ころ、かねてから面識のあった被告千代田の代理店を経営する訴外中林俊秀に出会った際、同人に対し、近々再婚するが家財の保険はいくら加入すればよいのかなどと打診した上、同月一八日、第二契約を締結した。
(5) ところが、原告が再婚相手と称していたのは、スナックのホステスをしていた当時二三歳の女性で、同女は、平成三年秋ころ原告と知り合い、同年一〇月ころから約二か月間、昼間原告方に家政婦として働いたが、平成四年の正月ころには既に辞めていたもので、この間、原告が同女に結婚を申し込んだことはあったものの同女はこれを断っており、また、同女が原告方で同居することもなかったし、同女の家財を原告方に搬入するという話すら出たことはなかった。
(二) 右(一)の認定事実によれば、原告は、平成四年一月ころ、経済的に相当行き詰まっていたのに、第一契約の保険金額を増額したばかりか、第二契約を新たに締結しており、はなはだ不自然である上、右各契約の動機とされる再婚とそれに伴う家財の搬入は全くの虚偽であって、右動機は保険金額の増額等のための原告の作り話というほかはない。
2 本件火災の出火原因について
(一) 証拠(乙二、三、五、七、一〇、一四、一七、証人石田、同野々村、原告本人)を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 本件火災は、原告が長男を連れて外出し約三時間後に発生しているところ、本件建物は、原告が外出時に施錠しており、本件火災発生時においても完全に施錠された状態であったもので、原告が外出してから本件火災発生までの間、原告以外の者が外部から本件建物内に侵入することは不可能であった。
(2) 本件建物の一階居間のほぼ中央部分に木(集成材)製の座卓があり、その表面から約三〇センチメートル下方の床面には座卓に半分くらいかかるようにアクリル製綿の詰まった座布団が置かれていたが、本件火災は、その座布団のうち座卓の下にかかっている部分から出火したもので、これが座卓に燃え移り、座布団の右出火部分のすぐ上の部分を焼け抜き(以下、座卓が焼けて穴の開いた状態を「燃え抜け」という。)、さらに火勢が天井に及んで四方に燃え広がり、炎が壁面を燃え下がる一方、座布団から床上に二重に敷かれたアクリル製カーペットの表面に燃え移り、次第にその火が広がって、居間部分がほぼ全焼したころ、駆けつけた消防隊により消化された。一階の他の部屋や二階部分は、燻炎や消火水等で汚損したものの焼燬を免れている。
(3) 本件火災直後の火災原因調査の結果、旭川市消防本部においては、煙草の火が座布団等の上に落ちたことが原因で火災が発生したとした場合、座卓に燃え抜けが生じていることやカーペットへの燃え広がり方が不自然であることから放火の可能性も否定できないが、固形燃料の残存物等があるなどの作為的な状況は見られなかったことから、後述のような原告の説明を重視した上、原告の落とした煙草の火種が原因となり、何らかの媒介物あるいは空気の流れが介在して燃焼が拡大したものと推測した。
(4) 平成六年五月一六日及び同月一七日旭川市消防本部消防訓練所訓練塔において、本件火災の出火場所の状況に擬した環境の中で、煙草の火を座布団の上に落とし、その燃焼状況及び座卓やカーペットへの燃え移り方を観察する実験が行われたが、その結果は、大要、次のとおりであった。
中綿が化学繊維の座布団の上に、煙草の火種を落とした場合の燃焼状況は、座布団に焦げ跡ないし焦げ穴を作るものの、座布団自体が独立燃焼するには至らず、短時間のうちに立ち消えてしまった。座布団の中綿を化学繊維と綿の混紡のものに換えて実験をした場合も結果はほぼ同様であり、煙草の火種を置く場所を座布団の表面上の糸のある部分や皺の寄っている部分あるいは座布団とカーペットとの隙間等にするなどして条件を変えて実験をしても、ほぼ同様の結果が見られた。ただ、座布団の中綿が綿製のもので行った場合だけ無炎燃焼(燻焼)が生じ、座布団全体が燃え尽きたが、座卓へ燃え移ることはなく(座卓下面の温度は約七〇度までにしか上昇しなかった。)、座布団の下のカーペットを焦がし、その下のコンクリートに若干の熱的影響を及ぼすに止まった。また、右と同様の実験において、火源を煙草の火種に換えて、火のついた一本の煙草を置いたところ、煙草の火種を使用した場合と同様の結果が得られた。
以下の結果から、座布団の上に煙草の火が落ちた場合、その上の座卓に燃え移ることはあり得ないことが判明した。
(5) 平成六年七月一三日前記訓練塔において、座布団が独立燃焼した場合、その上の座卓に燃え抜けが生じるかどうかを観察する実験が行われたが、繊維質の素材に合成樹脂を含浸させて加圧変形し、甲板の表面に合成樹脂加工を施した座卓を使用した場合、甲板下面に張ってあるベニヤ板が燃え尽きただけで、甲板本体は燃えきれず立ち消え、また、甲板下面が寄木細工風の別の座卓を使用した場合においてもほぼ同様の結果が得られた。以上の結果から、座卓の甲板本体が燃えるには、座布団及びカーペットの燃焼だけでは足りず、他からの燃焼継続がなければ立ち消えてしまうこと、また、座卓に燃え抜けが生じるためには、さらに何らかの火力の強い集中的な火が持続的に座卓に当たることが必要であることが判明した。
(二) 右(一)の認定によれば、本件火災発生時、外部からの侵入の可能性はなかったのであるから、本件火災の発生原因としては、原告が本件火災後述べているような煙草の火の不始末を含めて、原告の何らかの行為に起因するものと考えざるを得ないところ、発火地点が座卓の下に隠れた座布団の上であり、煙草の火種が落ちたにしてはやや不自然な箇所であること、仮に煙草の火種が落ちたとしても、助燃剤のようなものが介在しないと本件火災は発生しなかったであろうと考えられることなどからすると、本件火災は、原告の煙草の火の不始末以外の行為に起因するものと推認することができる。そして、座卓に燃え抜けが生じていることやカーペットへ燃え広がっている状況をも併せ考えると、揮発性の物質のような後に痕跡を止めない助燃剤が出火場所である居間の座布団またはその付近に存在したと推測するのが合理的である。
3 その他の不審な状況等について
(一) 証拠(乙五、七、一三、証人石田、同弓山、原告本人)によれば、原告は、本件火災直後から、駆けつけた消防署員の石田勝利や本件火災による損害を鑑定した北山昌彦(有限会社札幌鑑定所属の鑑定人)に対し、原告は普段から一日約一〇〇本の煙草を吸うこと、原告は煙草をくわえたまま部屋の中を移動することがあること、本件火災の火の外出直前にも原告は本件建物一階居間の座布団の前で煙草を吸っていること、原告は本件火災の約三カ月前にも煙草の火を布団の上に落として焦がしたことがあることなどを述べていたこと、原告の北山に対する供述態度は火災にあって間がないにもかかわらず冷静なものであったことが認められ、他方、原告は、本人尋問の際、一日に吸う煙草の本数を約四〇本と述べている。
原告の右のような本件火災後の言動からは、原告が煙草の火の不始末により本件火災が発生したものであることを殊更印象づけようとしているものと認められるが、前記2で検討したとおり、本件火災は、原告の煙草の火の不始末以外に原因があるものと推認されることと対比すると、原告の言動は実に不自然といわざるを得ない。
(二) 次に、証拠(乙四、七、一六、二九、証人弓山)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告は、本件第二契約の締結に際し、保険の目的明細書に、本来明記物件ではないので記入を要しない毛皮二点を記載していること、右契約当時存在するとされたものは、一〇〇万円相当のミンクロングコートと一五〇万円相当のシルバーフォックス八分コートであるのに、本件火災後本件建物内に存したコート二点は、同一性に疑問を抱かせるほど価格の異なる低級品であったこと、原告は、右契約にあたった代理店の中林俊秀や本件火災後調査にあたった被告大東京の社員弓山猛に対し、右各コートにつき婚約者に贈るものである旨述べていたところ、原告が実際に所持していたコートはいずれも古い品で、しかもそれらはサイズが異なるものであったこと、原告は、被告大東京に対する保険金請求の際、請求書添付の動産り災状況欄に、毛皮二点を一九〇万円で購入した旨記載していることが認められ、右事実に、前記1で認定したとおり、原告の再婚が虚偽であることをも併せ考えると、原告のコートに関する言動は、不可解というべきである。
4 前記1ないし3で検討したことに加え、本件第一契約における保険金の増額及び本件第二契約の新規加入から本件火災までの期間が一か月足らずというごく短いものであること、本件火災の直前に原告とその息子が外出し、本件火災時には家人が不在であったこと、原告は、複数の火災事故を起こした経歴があり、そのうちの一件については保険金請求訴訟を提起したが重過失によりその請求が棄却されたことのある者と前記ライン商会を通じて関係があること(乙八、九、一二、一五、三〇)などの事情をも併せ考えると、本件火災は、原告が放火したものと推認するのが相当であり、右推認を左右するに足りる証拠はない。
二 結論
よって、本件火災は、保険契約者本人である原告の故意による事故というべきであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判官岸日出夫)